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誰でも村上春樹

 
村上春樹っぽく話をしようと、僕は言った。4月なのに肌寒かった日だ。
その日は本屋に『1Q84』の三巻が平積みされていた。

春樹っぽく話を展開するのは難しくなかった。
とりあえず主語は『僕』にしておく方が無難に決まっている。

文節の締めには「~た。」や「~だ。」を多用した。
間違っても体言止めを使ってはならなかった。
体言止めを使うことに比べたら、闇夜でひとりポッペンを吹いていた方がまだましだ。
つまりは、そういうことだ。

ときには、深刻な章句を振っておいて、

「~。それは別にたいした問題ではなかった。」

と締めてみせるのも-僕のおもいちがいでなければ、ということだけど-春樹効果はあがる。

春樹ならば女性と寝てしまった後も、
「それが正しかったかは僕にはわからない。」と煙に巻いてしまえばいい。
それでいいのだ。


最後に、とっておきの春樹っぽいを話そう。

春樹文面は4つの事象を並べれば事足りた。
ふつう並列表現は2つの方が章句のリズムは良い。


「なにも僕は焼きそばやナタデココを期待して富士市にやってきたわけではなかった。」


それでも春樹っぽくしたいなら、必ず4つだ。


「なにも僕は焼きそばやナタデココやコアラの造形をしたマーチやギンビスのアスパラガスを期待して富士市にやってきたわけではなかった。」


焼きそばが富士市の隣の富士宮市の特権食であることは、もちろん僕も知っていた。
単に富士市に全国区の名産が無かっただけだ。さくらエビも違う。
製紙は食べ物ですらなかった。

春樹と春巻が頭の中で混線したからといって、
それがどんな不都合をもたらすというのだ。

話を春樹に戻そう。

“並列内容は4つ”の鉄則を駆使すれば、
僕や近所の親戚やパン屋の貴婦人や製造業を営む婦警さんでも作文が春樹めいた。
ただし、四並列は書き言葉に留めておくのが無難だった。
話し言葉で使ってもいいが、ともだちは確実に無くす。

僕は四並列の春樹ルールを大発見だと思い、村上ファンに得々と披露した。
「あ、そう。」と一言感想はあったが、それだけだ。
 
 
-了-
  
 

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